日本数学会

「数学通信」9巻3号,2004年11月

教室だより−神戸大学理学部数学教室


現在神戸大学理学部は平成14年に始まる理学部学舎の大改修に伴い、22名のスタッフは4箇所に分散して仮住いをしている。 当初仮住いの予定は約1年の予定であったが、途中予算の関係で1年間工事が中断したことなどがあり、予定は大幅に延び平成17年 の1、2月ごろ竣工する予定で現在最後の工事が行われている。教室の仮住いが解消するのは来春のこととなるのである。

 工事の進行に伴い、仮住い先も転々とし、また、不測の事態による微調整も重なって、最終目的地まで5回以上引っ越す教員も複数いる.

 改修による困難は、度重なる移転、狭隘な環境、改修による騒音、などが予想されていたが、もっとも大きな困難は意外にも 分散居住による教室構成員間の意志疎通の難しさであった。教室全体が見渡せないことから、個々の教員の進める仕事と教室全体 とのバランスがとりずらく、さらに、教室の将来をも見渡すことが難しくなってしまった。そのことに起因する問題は大小それなりの数にのぼるのが実情である。

 ここ10年近くにわたって、評議員、研究科長、学部長、理事などを1名ないし2名出し続け、大学の運営に貢献する状態が続いているが、 それもまた小さな教室にとってはさまざまな面で重荷になって来た。

 これら決して恵まれているとは言えない環境ではあるが、それなりに乗り越える対策を工夫してきた。構成員全員がよく働くことを 標榜する教室として特に図書室の維持に関してどのように対処したかを紹介しよう。

 数学教室の持つ施設の中で最も大きいものは図書室であるから、改修中それをどのような形で維持するか、維持できない部分の機能を どのように代替して行くかは、改修を控えた教室の最大の問題点であった。

 さまざま検討した結果、改修の直前に竣工する大学院総合研究棟に入居する研究プロジェクトの一角に図書室の中心部分を整理して 移すこと、残りはいったん梱包して倉庫に保管することなどとなった。

 また、改修中の居室の確保のため、旧教養部数学教室所蔵の雑誌庫を整理し、必要分は理学部の図書に合併し、不要分は他大学へ 移管し、また一部廃棄するなど、図書の管理、整理に関する業務は膨大であった。

 改修の始まる2年前からさまざまな準備を進め、まず JSTOR の Arts and Sciences I を購読することとした。JSTOR とは 米国の公的機関による専門誌のアーカイブであり、さまざまな分野の百を越える雑誌の、最新5年間の巻を除く電子的バックナンバーを 閲覧できる。数学関係では AMS の Transaction, Proceedings, Journal の各誌、

SIAM の Applied Mathematics 及び Numerical Analysis, 等が入っており、図書館間の複写依頼にも利用でき、購読を中止しても、 その時点まで利用可能な部分は将来にわたって利用できる権利が与えられるものである。初期加入料が比較的高価なのが難点で、 現在ではめずらしくなくなったが、そのころは全国の大学で購読しているのは4つ程度であった。数学教室では大学図書館に購読を 提案し、初期加入料を教室が負担し、以降の購読料は図書館が持つという形で購読が実現した。

 それにより、数学教室ではJSTORにある雑誌を梱包しスペースを有効に利用し、改修に備えることができた。JSTOR自身は 社会系研究者を中心に全学的に広く利用され、教室として全学の学術環境の向上に貢献できたことを嬉しく思っている。 最近図書館の肝入りで General Science collection も購読され、

の各誌も利用できるようになったのも、利用率の高さを評価されてのことであると思っている。

 さらに教室の構成員が図書室から遠くに分散して住まねばならぬ状況に於いては、電子ジャーナルの利用をしやすくする必要が あった。学内で利用可能な電子ジャーナルの雑誌名、利用可能な巻号を記しリンクを張り、そして図書室所蔵の雑誌名と巻号等を整理した Web Page

http://www.math.kobe-u.ac.jp/HOME/journallist/jour.html
を作り、利便をはかった。

 同様のページは大学図書館も作っているが、そのようなページは大抵図書館が購読にかかわっている雑誌のデータが中心で無料で 利用できる雑誌のデータは含まれていないことが多い。しかし、以下に記すようにフリーの電子アーカイブが充実して来ている現状では、 これらを利用するのとしないのでは研究上雲泥の差である。米国で進む Euclid プロジェクトが有名であるが、以下紹介する欧州系の アーカイブは無料でしかも大変有用である。

 フランスのアーカイブは Numdam である。 http://www.numdam.org/ にアクセスすれば、

の古い部分が利用できる。出版社系のサイトにある新しい部分の電子ジャーナルとあわせて使えば全巻が利用できる雑誌が多い。

 ドイツは酸性紙の劣化対策として多くの文献を電子化するプロジェクトをさまざま進めており、その中心としてあるのが、 GDZ (Goettinger Degitalisierungs Zentrum)

http://gdz.sub.uni-goettingen.de
である。数学を含む単行本、雑誌の電子化が進められており、検索画面にデータを入力することにより、利用ができる。 たとえば Kolmogoroff の「確率論の基礎概念」もまるごと一冊電子化されていた。雑誌では などの古い部分が電子化されつつあり、やはり出版社系のサイトと併用すれば全巻が利用可能になっているものが多い。 ただ、このサイトでは利用可能な雑誌の目次に到達するのが難しいので、教室のページからは目次へ直接リンクを張ることにより利便性をはかった。

これらの大国に混ざって、健闘しているのがポーランドのサイトである。Polska Biblioteka Wirtualna http://matwbn.icm.edu.pl/ では

の各誌の電子化が進行中である一方、かつてのポーランド数学の黄金期に出版された数学書のシリーズMonografji Matematyczne が多く電子化 されているのは壮観である。これは Banach 「線形作用素」、Saks 「積分論」、Kuratowski 「トポロジー」、Sierpinski 「連続体仮説」、 Zygmund 「三角級数論」、Steinhaus-Kacmarz 「直交級数理論」などに始まる シリーズで、往時の隆盛をしのばせる珠玉の連環である。

 経済的にそれほど恵まれているとは言えない国でこれだけの事業をなしつつあることは、わが国の雑誌の電子化事業の遅れと比較して 反省を促す材料となるであろう。余談になるが、神戸大学に本部を置く日本数学会函数方程式論分科会の専門誌Funkcialaj Ekvacioj は、 教室の支援のもと本年度完全に電子アーカイブを構築し、国内国外の主要な大学、研究機関から全巻、全ページを電子的に閲覧できるようになった。 国内の他の雑誌も電子化することについて、より真剣に考える時期が来ているように思われる。

(福山克司 記)
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最終更新日: 10 Jan 2005